70年代ジャズ喫茶のマッチ箱

  • Dig
    ジャズ喫茶ではないものや80年以降なども混ざっていますが、ご容赦ください。

70~80年代のジャズコンサートのチケット

  • Yamashita_yosuke_montreux_afterglow_1976
    1970年代~80年代中頃のジャズ、フュージョンのコンサートのチケットです。

70年代~80年代初頭のロックコンサートのチケット

  • Led_zeppelin_1972_1003
    1970年代~80年代初頭のロックコンサートのチケットです。 説明文に間違いがあったらご容赦ください。

JAZZ CLUB タローの1974-1977 ライブ・スケジュール表

  • Jazz_club_taro_1977_03
    昔、新宿歌舞伎町にあったJAZZ CLUB タローの1974-1977 ライブ・スケジュール表です。1975年のみコンプリートです。

JAZZ CLUB PIT-INNの1974-1977 ライブ・スケジュール表

  • Pitinn_1977_02
    JAZZ CLUB PIT-INNの1974-1977 ライブ・スケジュール表です。どの年もコンプリートではありませんが。

70年代中央線沿いライブハウスのスケジュール表

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    70年代半ば、中央線沿いライブハウスのスケジュール表です。少しだけですが。
2017年5月
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昔の音源

  • Woman I'm Tryin' 198X rec.
  • 楽園 198X rec.
  • 下町の女(ひと)198X rec.
  • Windows_1976_rec.
  • Spain 1976 rec.

書籍・雑誌

少年サンデー シェー! 昭和の思い出

昭和41年(1966)の少年サンデーの表紙が出てきた。50円か。。
シェー!おそ松くん、バンパイヤ、・・・

なぜ表紙をとってあったのかというと、その巻頭にレーシングカーの記事が掲載されていたからだ。
レーシングカー大好き小僧だったな。

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↓当時数々のレースで常勝街道をひた走るフォードGTが載っている。
 このGTカーの完成度は素晴らしかったと思う。長期間その基本形態を維持した。

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↓ル・マン24時間。 チャパラル2D、ポルシェカレラ6、フェラーリディノ、・・・
 ポルシェカレラ6:この車も実にかっこよかった。
 チャパラルはこれ以降も実に前衛的なデザインを試行するのだ。

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↓インディレーサーの特集記事。当時の名レーサーの名前がこれでもかというほど。。

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↓第3回日本グランプリ(1966)の記事。この年からフジスピードウェイで開催。
 メインスタンド前の直線から一気に突入する恐怖の30°バンクは、死亡者続出のため、後に廃止された。
 レースは、プリンス(まだ日産ではなかった)R380がワンツーフィニッシュ。
 ポルシェカレラ6(滝進太郎)はレース後半にクラッシュ、リタイア。

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↓(オマケ)ロータス40。タミヤ製ロータス40のパッケージ?
 当時、スロットレーシングカーが大流行した。
 タミヤのロータス40は当時の少年の憧れのモデルだった。

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1973

70年代ということで、ダンボール箱の奥からまた引っぱり出した(笑)。
★「Wonder Land」&「宝島」(発売=晶文社)

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「Wonder Land/ワンダーランド」は1973年(昭和48年)に植草甚一氏の編集で創刊された、今でいうサブカルチャーの先駆け的な雑誌。創刊号(8月号)、9月号が発行された後、1ヶ月休刊し、「宝島」と誌名を変更して発行された。
新し物好きの高校生だった私は、それまでにない雑誌の出現に胸を躍らせた。こんな雑誌をぱらぱらとめくるだけで何となく幸せな気分になれた。色々な人が色々と好き勝手なことを書いているのがいい。
植草甚一氏は、当時の若者にとって教祖的存在でもあり、あこがれの的だった。よくジャズのコンサートなどでお見かけしたものだ。

創刊号の特別大型企画は「ロックンロールは地球の嘆き」
今となっては、広告頁に、「忘れていないか/最初にロックシーンへと連れていったのは?」のコピーで、ジェファーソン・エアプレイン ライブ」(ビクター音楽産業)」が1頁全体を占めて宣伝されているのが感慨深い。
ジャズ喫茶では「新宿DIG/DUG」や高円寺「サンジェルマン」の広告もある。
殿山泰司氏の記事もある。

2号は、特別大型企画「街とファンタジー」
3号(宝島)は、特別企画「本を読もう!」
3号は、なぜか丁度中央部に位置する35~46頁にかけて上下が反対に印刷されている! ↓

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製本ミスか。私のものだけだろうか、なぜ交換してもらわなかったのか、わからない。すっかり忘れた。3号には山下洋輔氏の記事もある。

同じく1973年に創刊された雑誌
★「ROLLING STONE」(日本版1973.9.1発行)

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「Wonder Land」創刊の1ヵ月後、「ROLLING STONE」日本版としての創刊号である。
これもサブカルチャー~ロックカルチャーの趣の雑誌。3年ほどで廃刊となった。その後2007年に復刊されたようだ。

この雑誌も、前記宝島と同様、製本ミスか、ちょっとおかしなところがある。当時は製本ミスが多かったのだろうか。

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↑の写真のとおり、表紙と裏表紙の紙葉1枚が2枚重ねで綴じてあり、表紙を1枚めくるとまた表紙が現れる特別仕様だ(笑)。1枚目の表紙が汚れたら取り去ればよい。そうすると新品同様になる。レア物といえる(笑)。

記事では「サンタナ台風 日本を襲撃<その音楽性と人間性> by木原紀子」というものがある。この年初来日したサンタナを追った記事だ。当時、サンタナはジョン・マクラグリンと共にスリ・チンモイを師と仰ぎ、人間も音楽も変わったのだった。長髪でいかにも不良で汚らしいイメージのあのサンタナが突然バッサリと髪を切り、白い衣装を着て祈る。その変貌ぶりに驚いたものだ。

ジョン・マクラグリンといえば、この年、私は、初来日した彼のコンサートの東京公演に9/19と9/28の2度行っている。
「内に秘めた炎」でロック、ジャズファンを驚愕させた、銀行員のようなヘアスタイルのマクラグリン。早弾きする白い衣装の彼と、同じく超速、強力な左利きのビリー・コブハムにぶっ飛んだ。

この1973年、ほかに行ったコンサートには次のようなものがあった。
菊地雅章 7      19730111
Chick Corea 5   19730117
菊地雅章 5      19730125
Yes             19730309
Uriah Heep     19730316
渡辺貞夫 4     19730513
Beck Bogert Appice  19730514
Cecil Tayler 3 19730521
Stan Getz 4     19730605
Miles Davis 7    19730619
Sonny Rollins 4 19730930
Mccoy Tyner 4   19731015
Count Basie 楽団 19731113

かなりバラバラだが、要するにロックとジャズが好きだった。
学業とは裏腹の充実ぶりが窺える(笑)。

この年は、邦楽では、西城秀樹らの新御三家、桜田淳子らの中3トリオがヒットしたほか、
狙いうち(山本リンダ)
ジョニイへの伝言(ペドロ&カプリシャス)
心の旅(チューリップ)
危険なふたり(沢田研二)
草原の輝き(アグネスチャン)
わたしの彼は左きき(麻丘めぐみ)
てんとう虫のサンバ(チェリッシュ)
個人授業(フィンガー5)
神田川(南こうせつとかぐや姫)
心もよう(井上陽水)
五番街のマリーへ(ペドロ&カプリシャス)
あなた(小坂明子)
・・・ヒット曲が沢山あったようだ。

洋楽では、
Killing Me Softly With His Song (Roberta Flack)
You're So Vain (うつろな愛)(Carly Simon)
Top Of The World (Carpenters)
Superstition (STEVIE WONDER)
・・・とかある。

で、肝心の73年のジャズのアルバムだが、ネットでは簡単にわからず、当時のスイングジャーナル誌も持っておらず、ちょっと調べるのが面倒になり、今回は止め。追々、持っているLPでも見てみるか。。

社会に目を向けると、この年、ベトナム戦争が終結。第4次中東戦争の勃発で石油危機を招き、日本ではトイレットペーパーや洗剤の買いだいめパニックがあった。金大中事件もこの年だった。

ついでに1973年といえば、「1973年のピンボール」村上春樹著 が浮かんだ。
刊行は1980年だが、題号はまさに1973年だ。プロローグ?の最後に「一九七三年九月、この小説はそこから始まる。・・・」とある。再読してみたが、難解だ。スタンゲッツなど登場するが、73年リアルタイムのジャズは出てこない。

★ライブの予定

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