70年代ジャズ喫茶のマッチ箱

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    ジャズ喫茶ではないものや80年以降なども混ざっていますが、ご容赦ください。

70~80年代のジャズコンサートのチケット

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    1970年代~80年代中頃のジャズ、フュージョンのコンサートのチケットです。

70年代~80年代初頭のロックコンサートのチケット

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    1970年代~80年代初頭のロックコンサートのチケットです。 説明文に間違いがあったらご容赦ください。

JAZZ CLUB タローの1974-1977 ライブ・スケジュール表

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    昔、新宿歌舞伎町にあったJAZZ CLUB タローの1974-1977 ライブ・スケジュール表です。1975年のみコンプリートです。

JAZZ CLUB PIT-INNの1974-1977 ライブ・スケジュール表

  • Pitinn_1977_02
    JAZZ CLUB PIT-INNの1974-1977 ライブ・スケジュール表です。どの年もコンプリートではありませんが。

70年代中央線沿いライブハウスのスケジュール表

  • Aketa_1977_01
    70年代半ば、中央線沿いライブハウスのスケジュール表です。少しだけですが。
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2013年12月

ダットラの如く

オレは、小型トラックに乗って街道を走っていた。
遠くの信号が赤になるのを認め、速度を緩めた。
前方には4,5台のチャリが走行車線を塞ぐように停車している。
乗っているのは大人と少年たちだ。いい大人が少年たちをけしかけて悪ふざけしているようだ。
最近はこういうチャリ軍団がけっこういる。困ったやつらだ。
信号が青に変わった。オレはクラクションを鳴らしながら、チャリ軍団の脇をすり抜け、発進した。
邪魔者はいなくなった。道路は空いていた。オレは小型トラックのスピードを徐々に上げた。
荷物を積んでいない小型トラックはダットラのように軽快に走った。
快適なドライブだった。

街道は片側3車線だ。市街地付近では車線の幅が狭くなっている。
車が徐々に増え、混み始めた。大型トラックがびゅんびゅん飛ばしている。
次第に速度のアップダウンも激しくなってきて、オレは気付いた。
どうも車の波に乗れない。特に速度を上げる時に置いて行かれる。
それはそのはずだ。オレが乗っているのはいつの間にか小型トラックの皮をまとったチャリになっていた。
オレはトラックをペダルで漕いでいたのだった。

すぐ前を走るトラックを見ると、こいつもペダルで漕ぐトラックだった。
急な上り坂ではペダルを漕ぐのをあきらめて車を押し、速度の低下を防ごうとしている。
しかし、エンジン付きの車についていくことは容易ではない。相当苦労しているようだ。
上り坂に差しかかると、後ろから大型トラックに煽られる。
このままでは事故が起きてもおかしくない。
右側の追越車線を走っていたオレは、一番左の走行車線へ移って走ることにした。

車が空いてきた。のんびり行こう。オレはゆっくりと左側の車線を走っていた。
すると、本来、対向車線を走るべき車が何台も逆行して走ってきた。
どうやらこの道路は無法地帯のようだ。
オレは、まるで映画のワンシーンのように、向かってくる対向車を避けながら車を走らせた。

・‥…━━━☆・‥…━━━☆・‥…━━━☆

時空は一瞬にして飛んだ。
ここは葬儀会場だ。
オレは友人の母が焼香に来てくれているのに気付き、母に告げた。母は喪主なのかもしれない。
母は、友人の母に礼を言い、話し始めた。
「・・・今度、都内の方で食事をご一緒しましょう」
どちらかと言えば控え目な母にしては驚くほど積極的で唐突なリアクションにオレは目を見張った。
これは母なのだろうか。
すると、祖母が横から口を挟んだ。
「都内じゃなくてもいいお店はあることよ」という進言だった。
これも祖母らしからぬモダンな発言ではないか。
いずれにせよ、母のリアクションは普通とは思えなかった。
オレは、母の挙動を見守った。

突然、母は辺りをさ迷い始めた。何かを探しているようだ。
「ブドウ糖がない」
それは母が日頃飲んでいる薬らしい。
母は下を見ながらふらふらと右往左往している。
これは危険だと直感した。オレは、母のそばに寄った。
しかし、母はオレに気付かない。
「あぶない」と思ったその瞬間、母は駅のプラットホームから線路の上へと転落した。
葬儀会場には駅が隣接していたようだ。
オレは、母を救うべく線路に下りた。
線路の向こうに目をやると、ライトが見える。
電車が走ってくる。

母の体は重かった。抱え上げることができない。
まずい。ライトが迫ってくる。
しかし、ライトをよく見るとそれは一つの光源だった。それは電車ではなく、チャリだった。
チャリならば、我々を認めて手前で停止してくれるはずだ。助かった。

オレは引き続き母を抱え上げようと試みるが、うまくいかない。
そのとき、チャリの向こうから別のライトが迫ってきているのに気付いた。
それは二つの光源だった。明らかに電車のヘッドライトだった。
母をホームへと引き上げることなど到底不可能だ。
数メートル先に、ホーム下の待避スペースがあるのに気付いた。
よし、そこへ移動させればよい。
オレは母に言う。「しっかりとオレにしがみついて!」
母はオレにしがみついた。
オレは全力を込めて母を抱きかかえながら退避スペースへ避難しようとする。
ライトがどんどん迫ってくる。
間に合うだろうか・・・

・‥…━━━☆・‥…━━━☆・‥…━━━☆

午前3時20分、オレは目が覚めた。
体は汗をかいていた。
しばらく寝付けなかった。
母の命日は昨年の12月26日。一年になろうとしている。

今日はメリクリ。
ほんとはサンタクロースの夢を見るはずだった。
「サンタが得意な泳ぎは?」
「サンタクロール」
「サンタが裸になったって?」
「サンタズロース」
なんてくだらないギャグをとばしているから、サンタはおいらのところには来なかったようだ。
サンタの楽しい夢は来年までお預けということだ。


★゜・。。・゜゜・。。・゜☆゜・。。・゜゜・。。・゜

貴婦人

ここ数年の間に貴婦人には何度か会ったことがある。
しかし、それはいつも夜だった。
仕事の帰り、下車駅から自宅に向かう道すがら、すれ違った。
最初は驚いた。「貴婦人ではないか?」自分の目を疑った。
しかし、それは私の目の錯覚ではなかった。間違いなく貴婦人だった。
今でも貴婦人は健在だったのだ。しかも私のすぐ近くに。

その貴婦人は色白である。
柳腰というのだろうか、なだらかな腰のラインが目を惹く。
闇夜に浮かび上がる華麗な姿は私の脳裏に焼き付いた。

そんな貴婦人に、今朝会った。
朝日に照らされた貴婦人の姿を目の当たりにした。
さすが貴婦人である。やはり美しい。
しかし、往年の美貌はやや色褪せているのは否めない。
それは止むを得ないことだ。
既にあの時から幾年もの歳月が流れようとしているのか・・・

貴婦人が健在でいたことは喜ばしいことだ。
貴婦人よ、またその元気な姿を私の前に見せて欲しい。


・‥…━━━☆・‥…━━━☆・‥…━━━☆

「貴婦人」とは、日野コンテッサの別名(愛称)である。
私が会った貴婦人は、色白、いや白色のコンテッサクーペ、1965年頃の製造だ。
イタリアのデザイナー、ミケロッティのデザインによるRR(リアエンジン、リアドライブ)の車だ。
この車

当時は車を別名で呼んでいたりしたものだ。
例えば、スバル360は「てんとう虫」と呼ばれていた。

自分の車に「グッピー」などどいう愛称を付けているおじさんもいた・・・俺の親父じゃないかっ。
自分のバイクに「ANTHONY」というステッカーを貼り付けてはしゃいでいるやつもいた。
そいつは自分の車を「俺のマシーン」とも言っていた・・・俺じゃないかっ。
今時そんなやつはアホと言われるだろう。
いや当時でもアホと言われた。


★゜・。。・゜゜・。。・゜☆゜・。。・゜゜・。。・゜

オレ流ピザ

ってほどじゃないけれど、
ヘヘッ、ちょっと変わったトッピングを載せてみました。

うーん、全然旨そうじゃない?
うんにゃ、あっちこっちのエスニックがごちゃ混ぜで国籍不明で、所謂アイデンティティーのかけらもねえ、って感じだ。おまけに幼稚園児が撮ったようなひでえ写真だ。
でも、写真映りは良くないけれど、ヘヘッ、けっこういけたぜ。

Imag06842_2

Imag06852_2


★゜・。。・゜゜・。。・゜☆゜・。。・゜゜・。。・゜

肩~シュポシュポ~腰

窓の外は雨。
うん、窓の内は雨、は困る。

多分、五十肩になって二年以上が経つ。
多分というのは、病院で診てもらったわけじゃないので五十肩なのかどうかよくわからず、二年という期間もちゃんと数えていないからあやふやなのだ。

肩の痛みのピークはとっくに過ぎているようだが、なかなか完治しない。
日常生活に支障を来たすわけではないから、自然治癒を待っている状態だ。

さて、つまらない話だが、先日、家のトイレの便器が詰まった。
やばいじゃん、水を流すと便器から水が溢れこぼれそうになる。
ん? そんなにでかいウンチをしたのかって?
うんちゃ、いや別にそんなにでかいウンチをした覚えはないが、肝っ玉は小さくてもウンチはでかいのかもしれない。ぶっ

こんなときに活躍する道具がある。棒の先っぽに半球状のゴム製のバキューム?が付いたやつだ。
こいつを便器の窄まった底部に押し当ててシュポシュポすればよい。
ってわけで、おいらは朝からシュポシュポ作業に精を出す。

ちなみに、この道具は「ラバーカップ」と言うのだそうだ。
Wikiの説明を下に引用させていただく。
--------------------
ラバーカップとは清掃用具の一つでトイレや風呂場、台所の流し台の排水管の詰まりを直すための器具である。通水カップ(つうすいカップ)とも。ラバーカップは「ラバー(rubber)製のカップ」から出来た和製英語であり、英語での正式名称はプランジャー(Plunger)という。

通称「ギュッポン」「ボンテン」「ガッポン」「スッポン」。使用するときに発する音を擬音化した呼び方や、地方によっては「ズッコン」や「パッコン」、「バッコン」「ヘプシ」「カッポン」「キュッポン」「キュッポンキュッポン」、「パフパフ」「キュポキュポ」などとも呼ばれる。
--------------------

色々な呼び名があるんだなあ。
どうも、シュポシュポとは言わないようだ。なるほど「キュッポンキュッポン」のあたり実にそれらしい感じがする。
まあ、シュポシュポでもいいやね。

閑話休題。
水を流しながらシュポシュポする。わっ、ウンチのかけらが浮かんできた。やべえ、また水が溢れこぼれそうだ。
くそっ、負けるもんか。シュポシュポ、シュポシュポ、・・・うっ、汚水が飛び散りそうだ。
どうだ、これでもか。便器の奥に潜んでいるであろう見えない敵を相手においらは全力を込めてシュポシュポを続ける。
敵はなかなか降参しない。こりゃあ手強いぞ。シュポシュポ、シュポシュポ、・・・
五十回くらいシュポシュポ往復運動を行ったろうか。
やっと、敵は「うぎゃあ~」という悲鳴を上げて配管の奥へと消えた。

ヘヘッ、どうだ、クソ野郎、ざまあ見ろと思いつつ、考えてみれば我が分身でもある。おいらは自分に残虐非道な制裁を加えたのかもしれない。
なので、「ウンチ君、さようなら~」一応、挨拶しときました。
まあ、これで水が溢れこぼれることを心配せずに、和みの時間を過ごせるわい。


ところが、めでたし、めでたしとはいかないものである。
シュポシュポ運動を無我夢中にし過ぎたせいだろうか。
右肩の肩甲骨のあたりが急激に痛み出した。アウチッ、said Tom.
この罰当たりめ!おいらの行為はトイレの神様の逆鱗に触れたのかもしれない。
トイレの神様はおいらの右肩甲骨にへばりついたようだ。

神様はおいらの右肩甲骨が気に入ったのだろうか。肉付きが良いわけじゃなし、そんなに居心地がいいとは思われないのだが。
五十肩に加えてトイレの神様へばりつきは全然嬉しくない。いくら神様と言ってもね、おいらは痛いんだからね。
せっかくいらしたのだからゆっくりしていってください、という気分にはなれないのだ。

この痛み、何とかならないか。
あ、そういえば、つい最近、五十肩には「ブリッジ」が効くという話を聞いた。
普段肩の運動をしていないと、関節が硬く固まってしまい、五十肩を誘発する。だから、普段しない運動などをして動かせば、五十肩は改善されるという寸法だ。
いいんでないかい。よし、ブリッジをしてみよう。
「とおりゃあ」気合を入れて、おいらは、寝る前にここ何年もしていないブリッジの体勢をとってから就寝した。もちろん、運動などせず硬く凝り固まったジジイな私の身体は、アーチ型のブリッジの体勢などとれない。ブリッジ未満、吊り橋以上といったところか。

よし、これで、明日の朝起きた頃には、神様さようならだ。
でも、追い出された神様は行き場を失ってどこへ行くのだろう。
きっと、日本のどこかでシュポシュポしている誰かの肩甲骨に張り付くのかもしれない。
まあ、神様を独り占めするよりはその方がいいだろう。
おやすみなさーい。


夜中に夢を見た。
ブリッジをしている私の腰のあたりに誰かが熱い視線を注いでいる・・・。
そんなにセクシーかしらん・・・アハン、ちょっとだけよ・・・あんたも好きね・・・

朝起きると、おいらは単に腰痛おじさんになっていた。
ブリッジ・・・。

おいらのセクシーポーズに悩殺された神様は、右肩甲骨に飽き足らず、腰にまでへばりついてしまったようだ。
しばらく神様と一緒に過ごす日々が続きそうだ。
アーメンどくさい。


The End


★゜・。。・゜゜・。。・゜☆゜・。。・゜゜・。。・゜

S鉄道の対応

先週、夜の帰宅電車でのこと。
人身事故が発生したため、本来の下車駅Aの一つ手前のB駅から先への運転は見合わせている、振替輸送を行っている、との車内アナウンスが入った。人身事故が発生したのは本来の下車駅Aの一つ先の駅。運転再開予定時刻は30分以上後の午前0時頃だという。
本来の下車駅Aの一つ手前のB駅からは、そのB駅から分岐する、同じS鉄道の路線があり、その路線のB駅の次のC駅は、本来の下車駅Aと比較的近い距離にある。
私の乗っている電車は「その路線」の電車であり、丁度B駅に到着したところだ。本来ならこのB駅で乗り換えるところだが、そのまま乗車し「B駅の次のC駅」で下車することにした。

C駅で降り、改札の窓口で、「人身事故で、運転していないと車内アナウンスがあった。目的の下車駅Aにたどり着けないから、ここで降りたい」旨を告げた。
すると、若い駅員は、たった今、電車は動き始めた、という連絡が入ったと言う。だから、「本来の下車駅Aの一つ手前のB駅」へ引き返し、運転再開した路線を使い、目的の下車駅Aで降りろと言う。
私は、「ほんの少し前、このC駅の隣りのB駅」にいる時点で、運転を見合わせているという車内アナウンスを聞いたから、ここに来ているのに、だ。
が、その若い駅員は、今動き始めた、戻れ、の一点張りだ。

運転が再開したのはたった今だろう。 納得できない。そんな理不尽な話があるか。それに、再開したと言っても、電車は大幅に遅延しているかもしれないのだ。何のために振替輸送があるのだ?
やり合っていると、中からややベテランと思われる駅員が出てきた。二人の会話が聞こえたのだろう。即座に、どうぞと通してくれた。

振替輸送で下車しようとした時に、今、運転は再開したので、ここでは降ろさせない、運転を開始した路線へ戻らなければならない、という理屈が成立するのならば、振替輸送の存在する意味などなくなる。

今回の他に、この数ヶ月の間に、乗り合わせた電車が人身事故になったことと、一本前の電車が人身事故になったことがある。両者いずれの場合も、アナウンスされた運転再開の予定時刻を大幅にオーバーした。
運転再開の予定時刻は当てにならない。現に今回のケースでも、S鉄道の運行情報を後で見ると、若い駅員が、動いている、と言った時点で電車はまだ動いていなかった。テキトーなことを言うな、である。
運転再開まで時間がかかるだろうから、振替輸送をするのであり、人は振替輸送を利用するのだ。

では、そもそも今回のケースは、振替輸送に該当するのだろうか。
振替輸送制度は法律で定められているものではない。
S鉄道を始め、鉄道会社のホームページには振替輸送に関する記事が掲載されている。
しかし、そこには、申し合わせたような単純で典型的な例しか挙げられていない。
実際に遭遇するであろう様々な複雑な事例については何ら説明されていない。
同ページの説明によれば、厳格に解釈するならば、今回のケースは振替輸送には該当しないかもしれない。

しかし、基本に立ち返ってみよう。
振替輸送の制度趣旨は、利用者補償措置にある。
その本来の制度趣旨に鑑みるならば、今回のケースでは、振替輸送に関する規定が類推適用されてしかるべきである。
制度趣旨を没却した解釈は本末転倒である。

振替輸送に関する運用は、その時々の状況によって、現場の判断に任されているのも事実である。
少なくとも、規定を楯にとったような、杓子定規で、利用者の立場を顧みない対応は御免こうむる。
そんな対応しかできない駅員を窓口に置かないで欲しい。


★゜・。。・゜゜・。。・゜☆゜・。。・゜゜・。。・゜

わあ ショック

というほどではないが、「和食」の話。
ユネスコは、4日、「和食;日本人の伝統的な食文化」の無形文化遺産への新規登録を決めたとのことだ。

だが、ひねくれ者のおいらは素直に喜べない。
フランス料理に係る登録申請に関しては、このブログの初期に書いたことがある(この記事は事実の把握において問題があるが)↓
世界遺産 フランス料理

今回の登録は、既に登録されている「フランスの美食術」等に張り合って対抗したようだ。
登録されることにそんなに意義があるのか。
登録されないとそんなに不都合があるのか。
そんなにお墨付きが必要なのか。

登録されるのは結構なことじゃないか、日本人なら素直に喜べばいい、と言われるだろう。
邪魔になるわけじゃなし、そんなのどうだっていいじゃないか、と言われるかもしれない。

別に和食が嫌いなわけではない。好きだ。米だって米屋の夢を見るくらい好きだ。
でも、何だかな。
登録されなきゃ、そんな形がなきゃ、大切さを確認できないのか。
そんなお墨付きがなくても継承され存続する、それこそ真の文化ではないか。
お墨付きなどけっこうです、そんな控え目なところこそ日本人の美徳じゃなかろうか。
登録申請した理由も種々あるのだろうけれど。

・‥…━━━☆・‥…━━━☆・‥…━━━☆

まあそれはともかく、こうなると、先月食べたお好み焼き、先週食べたカレーライス、
これらを今食べると、私は無形文化遺産を食べることになるのだろうか。

お好み焼き、カレーライス、これらが和食であるのか考えてみよう。

【和食】
和食の明確な定義はないようだ。
単に和食と言っても千差万別なようだ。
お好み焼きなどの鉄板焼きは除外するという考え方もあるし、日本独自のものだから、反対説もあるようだ。

カレーライスを和食と思う人は一般には少ないのではないか。
でも、日本独自の発展を遂げており、日本風の独特の料理でもある。
例えば、農林水産省の「和食ガイドブック」を読むと、その一部には、カレーライスやとんかつも和食だという旨の記載もあったりする(ここでは同ガイドブックの詳しい内容には触れない。)。

結局、和食の明確な定義は存在しないので、お好み焼きもカレーライスも、和食じゃないと言う人もいるだろうし、和食であると言う人がいてもおかしくない。たこ焼きや牛丼なども捉え方は人それぞれだろう。
ここでは、お好み焼き、カレーライスは和食であると考えてみよう。


そうすると、私は、無形文化遺産を食べることになるのだろうか。

【無形文化遺産】
無形文化遺産とは何か。

2003年の第32回ユネスコ総会で採択された「無形文化遺産の保護に関する条約」の第2条では、「無形文化遺産とは、慣習、描写、表現、知識及び技術並びにそれらに関連する器具、物品、加工品及び文化的空間であって、社会、集団及び場合によっては個人が自己の文化遺産の一部として認めるものをいう」と定義している。

同条約においては、ユネスコ内に設置された無形文化遺産保護に関する政府間委員会によって、人類の無形文化遺産の代表的な一覧表(Representative List of the Intangible Cultural Heritage of Humanity)を作成することとされている(第16条)。

この一覧表に掲載される無形文化遺産を、世界無形遺産や世界無形文化遺産といった世界と付く俗称で呼ぶこともあるが、日本での条約承認手続きにおける表記は無形文化遺産であり、条約本文においてもworldは冠せられず、誤りである。

とのことだ。

しかして、
今回のユネスコへの登録申請の表題は「和食;日本人の伝統的な食文化」「WASHOKU; Traditional Dietary Cultures of the Japanese」だ。
つまり、ここでの「和食」は、単に、我々が普段、和食と呼ぶ有体物としての料理(食べ物)を示しているものではなく、かつ今回の登録申請は、「自然の尊重という日本人の精神を体現した食に関する社会的慣習」として提案されている。要するに、登録の対象は「和食」と名付けられた食文化ないし社会的慣習ということのようだ。
とすれば、人はそんな「和食」(食文化ないし社会的慣習)を食べることはできないから、無形文化遺産を食べる心配もないということになる。
お好み焼き、カレーライスを食べても、一般に誰もが和食と思う懐石料理を食べても、けっして無形文化遺産を食べたことにはならない。
無形文化遺産を食べ過ぎてお腹を壊すこともない。

一方、一般に和食と呼ばれる個別の料理やそれを提供する行為のみに対して無形文化遺産としての登録がなされたわけではないから、例えば、飲食店のメニューに「天ぷら定食(無形文化遺産)」などと表示したり、店舗の看板に「料亭○○(無形文化遺産)」と表示したりすることは、虚偽表示(不正競争防止法の誤認惹起行為)の問題を生じるかもしれない。


The End


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音楽と墨絵のコラボレーションライブ

エスニック・キッチン+ROSSA+墨絵師KEI

2013年9月23日(月・祝) 13:30開場、14:00開演

三部作、動画が完成しました♪

<第一部>

<第二部>

<第三部>

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駒場米

私は友人と共に米屋にいた。
友人はお目当ての米が置いてあるのを確認したようだ。
レジで店主に「駒場米10キロ」と告げた。
店主は答えた。
「2,380円です」
友人は財布から千円札と小銭を取り出し、支払いを済ませた。

その値段が安いのか高いのか私にはよくわからない。
スーパーで袋入りで1,780円といった値段のものを見かけることがある。
あれは10kgだったか、それとも5kgだったか、どっちだったろうか。
それが10kgの値段だったなら、駒場米は比較的高い米に属する。
それが5kgの値段だったなら、駒場米はかなり安い米ということになる。

友人はなぜ「駒場米」を購入したのだろう。
家人にでも頼まれたのかもしれない。以前食べたことがあり、それが旨かったのだろうか。
そもそもなぜこの時期に友人は私を連れて米屋に来たのか。
師走に入ったことだし、年末から正月にかけての備蓄を用意しておこうという魂胆だろうか。
魂胆って言うのは言いすぎだ。別に悪巧みしているわけではないのだ。

それにしても、「駒場米」という銘柄は聞いたことがない。
T大の実験農場あたりで収穫され、特定の米屋にのみ流通するものなのかもしれない。
食べると頭が良くなって、T大に入れるくらいの知能が得られるとか、そんな効能があるならば、食べてみたい気もする。

せっかく米屋に来たのだから、私も米を買って帰ろうと思う。
レジを見ると、4,5人の人が並んでいる。
早く並んだ方がいいようだ。

私はレジに並びながら、横に陳列されているどの米を購入しようか検討し始めた。
「夢」という銘柄があった。なかなかロマンのある優雅な名前だ。1,980円である。駒場米よりも安い。
それにしてみようか。
しかし、米屋で「夢」を買うというのは、あまり夢があるとは思えない。
日々の糧である米はそれは大切なものだ。
しかし、その「夢」はあくまでも米以上にはなり得ない。
買って炊いて食べたなら、それは「夢」を食べることになる。おまえはバクか。
人に話したら、笑われるだろう。

よし、「夢」よ、さようなら。「駒場米」にしてみよう。
でも、初めての銘柄だ。口に合わなかったらもったいない。
私は、友人の買った「駒場米」2,380円の半分にしようと決めた。
丁度レジが私の順番となり、私は「駒場米5kg」と告げた。
えーと、2,380円の半額だから・・・うーん、私はなぜか咄嗟の計算ができない。
えーい、面倒だなと思い、財布にあった1万円を取り出し、店主に手渡した。

店主が1万円を受け取る。
この店主、よく見ると、ジャズジャーナリストのO氏に似ている。少しウェーブのかかったセミロングのヘアースタイルで、なかなかシブイおじさんである。米屋のオヤジはあまり似合わないと思うが、実はジャズが好きだったりするのかもしれない。店の奥にはオーデイォルームがあってJBLのスピーカが置いてあったりするのかもしれない。まあ、そんなことはどうでもいい。

店主は、1万円をレジに納め、釣銭を私に渡そうとする。
まず大きいのから、ということなのだろう、五千円札と千円札を織り交ぜて私によこした。
私はそれを受け取りそのまま財布に仕舞った。

しかし、この店主も計算が苦手なようだ。
「えーと、あといくら上げればいいのかな?今いくら渡したっけ?ちょっと数えてみてくれない?」

「えっ?今もらったお金ですか?」
私は財布から、もらった札を取り出そうとする。
しかし、一旦自分の財布に入れてしまったので、すでに財布にあった札と混ぜこぜになった。
多分もらったはずの札を取り出してみると、五千円札が二枚重なっているようでもある。
もし五千円札二枚と千円札の組み合わせでもらっていたのならば、支払額を超える釣銭を受け取っていることになる。
米を買ったら、お金が余分についてきたなんて、ラッキーなことだが、それを分かって受け取るならば不作為による詐欺だ。

「まいったなあ、お釣りいくらもらったかわからないよ」
「あらら、それは困るわあ」

困っているのはこっちの方だ。
財布の中身を把握していたならば、この問題はすぐに解決するのだが、あいにく財布の中身を数えていなかったので分からない。

「おじさん、ちょっと待ってください。考えてみるから」
「うん、考えてみてよ」
って、考えてみたところで、分かる問題ではないのだけれど。

大体この米屋、レジといっても、そのレジはバーコード読み取り機能などなく、単なる貯金箱みたいなもので、おじさんは、ボタンを押すこともなく、そこに客から受け取った金を入れたり、釣銭を出したりしているだけなのだった。
今時テキトーすぎないか、これでよく商売やってけるよなあ、と感心してしまう。

感心している場合ではない。後ろに並んでいる客が何をしているのだと、やきもきし始めた。
他の客に迷惑をかけるのも、店の営業妨害となってしまうのも気が引けるので、私は、レジを横にそれて、もう一度、札を受け取ってから財布に入れるまでの自分の動作を確認しようと試み始めた。

うーん、やっぱり、わかんねえ・・・

「これじゃあ、駒場米買って、コマッタバイだ」

駄洒落とも言えぬ独り言をつぶやいたところで、目が覚めた。


The End


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練習2013 No.27 2013.11.30(土)

2013年11月30日(土) ホール 14:30~

都合で2回ほど練習を休ませてもらったので、久しぶりの練習だった。

市民活動センターの方お二人が、グループの活動内容や課題等について聞き、今後のセンターの運営に活かしたいとのことで、ヒアリングにいらっしゃった。
約30分間。

その後、来春のいずみ春の祭典で演奏する予定の「島唄」などを軽く練習した。

練習曲:
・七月の記憶
・島唄
・朝もや


夕食:夢庵にてすき焼きご飯セット
・・・ギリギリでランチタイム価格、105円安。ボリュームは少ない。が、体が温まった。


The End


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★ライブの予定

  • ☆ライブ予定
    ☆10月28日(土)11時~国分寺市民音楽祭 西国分寺いずみホール エスニック・キッチン  ☆10月28日(土)神楽坂Mash Records 13:30~ 1,000円。Silent Storms(15:45~30分間)
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