70年代ジャズ喫茶のマッチ箱

  • Dig
    ジャズ喫茶ではないものや80年以降なども混ざっていますが、ご容赦ください。

70~80年代のジャズコンサートのチケット

  • Yamashita_yosuke_montreux_afterglow_1976
    1970年代~80年代中頃のジャズ、フュージョンのコンサートのチケットです。

70年代~80年代初頭のロックコンサートのチケット

  • Led_zeppelin_1972_1003
    1970年代~80年代初頭のロックコンサートのチケットです。 説明文に間違いがあったらご容赦ください。

JAZZ CLUB タローの1974-1977 ライブ・スケジュール表

  • Jazz_club_taro_1977_03
    昔、新宿歌舞伎町にあったJAZZ CLUB タローの1974-1977 ライブ・スケジュール表です。1975年のみコンプリートです。

JAZZ CLUB PIT-INNの1974-1977 ライブ・スケジュール表

  • Pitinn_1977_02
    JAZZ CLUB PIT-INNの1974-1977 ライブ・スケジュール表です。どの年もコンプリートではありませんが。

70年代中央線沿いライブハウスのスケジュール表

  • Aketa_1977_01
    70年代半ば、中央線沿いライブハウスのスケジュール表です。少しだけですが。
2017年5月
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昔の音源

  • Woman I'm Tryin' 198X rec.
  • 楽園 198X rec.
  • 下町の女(ひと)198X rec.
  • Windows_1976_rec.
  • Spain 1976 rec.

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東日本大震災から1年 2012.3.11

あの大震災から1年が経ちました。
多くの尊い命が失われました。
行方不明の方を含む犠牲になられた方は約2万人いらっしゃいます。
約35万人の避難者の方がいらっしゃいます。

・・・・・・・・・・・・
2011.3.11午後2時46分その時、私は都心の仕事場にいた。
未経験の激しい揺れだった。壁がガタガタと音を立てて揺れた。揺れはなかなかおさまらない。これで終わりかもしれないと覚悟した。
積んだままの書類は崩れて散乱した。建物の崩壊を恐れ、外に出た。余震がさらに続いていた。
ワンセグを見ると、まるでおもちゃのように多数の自動車が津波に押し流される映像が流れていた。
東北地方を中心とするとてつもない規模の地震が発生したことを知った。
夕方、近くのコンビニの食品棚は既に空っぽだった。
電車は止まり、その日は仕事場に泊まった。

同時に発生した原発事故。以後、余震と原発事故に関する会見報道を追う日々が続いた。
次第に明らかになる被害は想像を超える甚大なものだった。
あまりにも多くの尊い命、財産、生活が一瞬に失われた。

被災者でないが、喪失感、無力感がつきまとっていた。
重い雲に覆われ、世界の終わりがいつ来てもおかしくないような心持だった。
予定していた初のライブハウスでの音楽ライブは中止とすることで仲間の意見は一致した。
趣味とはいえ自分にとっては大切であるはずの音楽、それをする意味がわからなくなった。
自分は何をしたらよいのか、何をすべきなのか。答は見つからなかった。
計画停電、電車の運休、・・・多少の不自由を感じながら、停めることのできない日常の仕事をやり過ごすしかなかった。

・・・・・・・・・・・・
9月になって、バンドのリーダーがチャリティコンサートを行うことを発案した。
その声に音楽仲間が二つ返事で集まった。
アマチュアミュージシャンではあるが我々が日々行ってきた音楽、それを生かしてまず行動しよう。
我々が今できることをする。人が集まる。絆。そこに意味があると信じた。ひとつの答があった。
タイトル:被災地復興応援コンサート&イベント「Tama Tokyo Action ~冬の章~」
サブタイトル:伝承音楽の宝庫・東北地方への敬意と、復興への祈りを込めて
とした。
ちょうど9ヶ月目となる12月11日を目指して、綿密な計画を立て、リハーサルを行い、準備した。
出演者とスタッフが協力し合った。
基本的に誰にも頼らない、すべて手作りの自主運営のコンサートだった。
http://tama-tokyo-action.blog.so-net.ne.jp/

コンサートには、約230名の方々がお越しくださった。
被災地から遠く離れてはいても、なんとかして被災地を応援したいという熱意が、会場いっぱいにあふれていた。
来場者の募金や、団体・個人からの義援金をあわせて18万円が集まった。その全額を義援金として寄付した。
それは微々たる金額かもしれないが、開催した意味はあったと信じている。

・・・・・・・・・・・・
私には被災者の知人はいなかったが、昨年12月、被災者であるmさんのブログに出会い、読み始めた。
津波で家を流された方だった。被災時とその後の出来事、心情が語られていった。
更新されていく過程で、まさかと思うご体験が綴られた。
mさんは大切な二人のご子息を失っていたのだった。
衝撃を受けた。お会いしたことのないmさんのブログ。読むと涙がこぼれた。
思い切ってつたないコメントを送信した。
一瞬にして愛するご子息二人を失い、悲しみに明け暮れる毎日をお過ごしのmさん。
しかしmさんはその一方でユーモアを忘れずに気丈に振る舞われていた。
励ますつもりが、私の方が励まされたようだった。
今回の震災では、mさんの体験されたのと同じ悲しい理不尽な出来事が約2万件もあった。
気が遠くなるほどの数の悲しみと理不尽、それは今も終わってはいない。

・・・・・・・・・・・・
無力さを感じ続ける日々に変わりはないが、この日の事、犠牲になられた方々、被災者の方々のことを心に留めて生きたいと思う。
mさんご夫妻をはじめ、ご遺族の方々・被災者の方々のお心が少しづつ癒されていくことを祈ります。

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コメント

本当にたくさんの人が去年の震災に影響を受けているのだと思いました。mさんとの出会いもそうですね。ミュージシャンは音楽を、小説家は文章を綴ることが数多くの被災者へのエールになると信じています。mさんとの出会いは私にとっても人生に一度あるかないかの出会いだったような気がします。私は被災地から遠く離れて暮らしていますが、去年の3月11日を忘れず、今年の3月11日も忘れないように、同じ過ちを繰り返さずに生きて行くことが亡くなった方、被災者の方への思いに通ずるような気がします。

忘れられない、忘れてはいけない経験ですね。
「一瞬にして愛する家族を失う」考えただけで涙が滲みます。
Mさんのブログ、涙なしには読めませんでした。

またいつその日が来るか・・・
その日その日を悔いのないよう、愛するものたちと大切に生きていかなけばと思います。

風みどり様 コメントありがとうございます。
そうですね。各自ができることをやる、に尽きるのかもしれません。
1日、1週間、1月、1年、・・・時は絶え間なく流れていくけれど、この日のこと、被災者の方の思いを忘れずに生きることが大切ですよね。

mayumiさま コメントありがとうございます。
そうですね。ご遺族、被災者の方の悲しみ、苦しみを思うと胸が痛みます。
ありふれた平凡なように思われる日常は決して当たり前のことではない。
この日のこと、被災者の方の思いを忘れずに、日々を大切に生きていかなければと思います。

キンタポンさん
いつもありがとう。
キンタポンさんにはいつも私の励みになっています。
私よりも何年もの長い間辛い思いをされていて、それでも
天を恨まず人を憎まず生きてこられてる。
ホントに頭が下がります。
最近風見しんごと言うタレントが歌を出しました。
その歌詞の中に「私の涙はあなたの邪魔をしてませんか」
と言うような歌詞だったと思います。
彼もまた娘さんを事故で失くされたお父さんでしたね。
あの歌詞を聞いたとき複雑な思いでした。
いつまでも泣いてはいけない彼らの為にも笑ってと周りからよく言われます。でもそれが尚更辛く苦しいことでした。
1年を過ぎて、普通に笑ってる自分が最近います。
悲しいはずなのに・・・彼らに申し訳ない・・・・これが生きると言う事なのですね。でも暗い顔をしていては仕事ができません。泣いていては仕事になりません。
複雑です・・・・・。答えなど有りませんね。只々自然に任せて生きて行こうと思います。今自分が感じたこと思う事を普通にしていこうと思います。キンタポンさん・・・・・もそうだったのでしょうか。
まとまりのないコメント(^^ゞです。うまく書けません。
でもいつもありがとう。(^人^)感謝♪です。
旦那の甥っこも代官山で3月11日ライブをしたそうです。
彼もまた思うことがあったのでしょうね。
集まった義援金を県庁に届けたそうです。これもまた絆でしょうか。息子たちが亡くなった代わりと言っては変ですが甥っ子や姪っ子達の優しさに涙がでるほどうれしいです。

mokomokoさん コメントありがとうございました。
恥ずかしいです。お礼を言わなければいけないのは私の方です。
人の悲しみは、同じ人がいないようにそれぞれみな違うのでしょうね。比較するものでもないのでしょうね。ただ、その中でも同質の悲しみというのはあるような気もします。
mokomokoさんの多くの言葉が私の胸に響きました。
私は決して立派な生き方をしてきていませんし、おこがましいと思いながらも、ただmokomokoさんご夫妻のお気持に少し寄り添えるかもしれないと、声をおかけしました。何だかえらそうに勝手なこと書いたように思います。そんな中で私こそ力をいただいてきたという気がしています。

「ゆるら」という歌、初めて聴いてみました。切ないですね。涙が零れました。
無理に笑う必要はないし、流れる涙を無理に抑える必要もないですよね。
喜怒哀楽は人の自然の感情ですものね。封じ込めることはない、それはもう任せればいいのかなと。。
けっこう気分屋ですし、苦しい気持になるときはあります。聖人君子にはなれません。
ただ、命がある限りまず生きるということを免罪符として生きているような気もします。
とりあえず目前のしなきゃいけないことをやり過ごし、気持の安まることもあったりして、時の流れとともに、何故って考えても答は出ないのかなって何となく諦めた感じもします。
自然に任せる、普通って、ほんとはそれはとっても貴重なものですものね。
ご飯食べることも、眠ることも、身体を動かすことも、・・・生きている。日々の営みっていうのでしょうか。。。
過去は取り戻せないけれど決して消えずに残ってはいる。。
・・・ごめんなさい、いつものようにまとまりがつかなくなってきてます(笑)。
mokomokoさんには、私の方こそ力をもらっています。感謝です♪

甥御さんの思い、ありがたいですね、よかったですね♪心強いですね。力をもらえることと思います。
お辛い日々をお過ごしと思いますが、無理をせずに、どうぞご自愛ください。
アイスでも何でも沢山食べましょうね。

皆さん。。。え~ひとやな~~lovely
しみじみ思うchaukenであったconfident

caukenさま いらっしゃいませ。
そう仰るchaukenさまもえ~人でござりまする。
としみじみ思うキンタポンであった。


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