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70年代~80年代初頭のロックコンサートのチケット

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JAZZ CLUB タローの1974-1977 ライブ・スケジュール表

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    昔、新宿歌舞伎町にあったJAZZ CLUB タローの1974-1977 ライブ・スケジュール表です。1975年のみコンプリートです。

JAZZ CLUB PIT-INNの1974-1977 ライブ・スケジュール表

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    JAZZ CLUB PIT-INNの1974-1977 ライブ・スケジュール表です。どの年もコンプリートではありませんが。

70年代中央線沿いライブハウスのスケジュール表

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    70年代半ば、中央線沿いライブハウスのスケジュール表です。少しだけですが。
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Dear Mr. Woodrow Sonship Theus Jr.

しばらく前、ドラマーSonship氏が2011年3月18日に亡くなったとの記事をネットで見つけた。
実に残念。
Sonship氏は、大好きな、特別なドラマーの一人なので、やはり書いておかなければいけない。

知名度は高くなく、あまり語られていないが、抜群のセンスを持った偉大なドラマーだ。

何つったってスピード感があって、自由奔放でアグレッシブ。シャープで閃きにあふれ、熱くてクール。
アフロなサウンドだが粘っこくはない。ウェザーリポートのドラマー候補になったこともあるようだ。

Sonshipを知ったのは、1976年11月。

当時NYで活動していた菊地雅章・日野皓正両氏の双頭コンボ「東風」の帰国コンサートのメンバーとして来日した。
来日時の年齢は24歳。

「東風」は、当時、「今ジャズは日本から世界へ」のキャッチフレーズの「EAST WIND」レーベルから「ウィッシズ(1976.5月録音)」というアルバムをリリースし旗揚げ声明してから、ツアーを行う形をとった。
レコーディングのメンバーと来日時の演奏メンバーとは異なっている。
レコーディング後、ツアーを行うためのメンバーを探していたが、最終決定できずにいた。
そんな時、LAにいたSonshipがNYへ呼ばれ、オーディションをして即決したとのことだ。

私は、東風の演奏を日本公演の初日、中野サンプラザで観た。
時代の先端を走るひとつのジャズがあった。
16ビート系のリズムなどがバックボーン。
理想と思える最高のドラミングを目の当たりにし、私は興奮した。

演奏終了後、Sonshipはステージの袖にハケずに残っていた。ドラムセットを片付け始めようとしていたように記憶している。
数人の観客がステージ下に行った。Sonshipは観客席側へ寄り、彼らと軽く会話を交わした。
私もステージ下に行った。

「素晴らしい演奏でした。」と言ってプログラムにサインを求めた。
彼は快く応じ、私に名前を尋ねた。
その時の彼の、真っ直ぐな眼差しが忘れられない。
プログラムに、私の名と「God loves you very much」そして、彼の名が記された。

Kochi_prog01_2

礼を言い、握手した。
彼は黒人だが、比較的小さな体格で、むしろ華奢といってよいくらいだった。
彼の手首は、痩せている私の細い手首と殆ど変わらないほどだった。
そうか、細い腕でもあんなにすごいドラムが叩けるのだ、と私は勇気づけられた。
Sonshipは私にとって特別なドラマーになった。

(ちなみにその後のことだが、アート・ブレイキー氏と握手したことがある。彼は背は高くないが、その手はグローブのように肉厚で大きく、私の手は包み込まれるようだった。)

「東風」のコンサートのプログラムに記載されたSonshipの紹介文を引用させていただく。「SUNSHIP」は「SONSHIP」の誤植と思われる。
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WOODRAW SUNSHIP THEUS Jr.(drums):
1952年6月2日生れ。ロサンゼルスで13才の頃から演奏を開始した。1969年から翌年にかけてジョン・クレマー、70年から74年にかけてチャールス・ロイドと演奏。以後、ジョーヘンダーソン、ウディ・ショー、ボビー・ハッチャーソン、フレディ・ハバード、ハービー・ハンコック、エディ・ヘンダーソン、マッコイ・タイナーなどそうそうたるプレイヤーと演奏を共にしている。ベースのオースティンと同じく日本ではまったく無名ながら、最も将来が期待されている若手ドラマーのひとり。
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Kochi_prog02

Sonshipの演奏は、マッコイ・タイナーのGREETING、チャールス・ロイド、ウディ・ショーほかのアルバムで聴くことができる。
ジョン・マクラグリンと共演していたことを最近知った!
17枚組のボックスセット「John Mclaughlin Montreux Concerts」の
Disc 6 JOHN MCLAUGHLIN BAND に収録されているようだ。
 July 19, 1978
 John McLaughlin (g)
 L. Shankar (vln)
 Stu Goldberg (kbds)
 W. "Sonship" Theus (dr)
 Tom Stevens (b)

レコードによってクレジット名は、Woody Theus だったり、統一されていない。
YOUTUBEでもいくつかの映像を見ることができる。

これで、私の大好きなジャズドラマーTony Williams、日野元彦、Sonshipの各氏は、みな天に召されてしまったことになる。今年の1月12日には、古沢良治郎氏も天に召された。
どんどん寂しくなるが、人はこの世に生を受けた以上、死を免れることはできない。その点はみな同じ。
早いか遅いかがあるだけ。少しそう思えるようになってきた。

Sonship氏のご冥福を心からお祈りします。
Sonship氏はこれからもずっと私にとって特別のドラマーであり続ける。

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音楽」カテゴリの記事

コメント

Tony Williams、日野元彦、Sonship…人の世は儚いですね。

音楽は音源が残せるとはいえ、やはりその場でナマで体験し時間と共に消えていくからこそ時間芸術としての価値があるとも言えます。
人の世と同様に儚いものかもしれません。

私は好きなギタリストはすべて他界したあとに知った人たちでした

T.ROSSAさん コメントどうもありがとうございます。
ほんと人の世は儚いものですね。
音楽も、仰るとおり、その場で出た音は消えていき、掴むことはできず、儚いものかもしれません。
なんだか、すべてが儚いです(笑)。
この世にいる限り、儚さとともいることになるのでしょうか。
ただ、はかなく消えゆくその時の中で喜びも生まれますよね。
音源として残る音楽によっても、人は力をもらえますしね。
カタチのないものによって勇気づけられること、癒されること、沢山ありますよね。


小生は1970年代はじめ,ハドリー・キャリマン(テナーサックス)のリーダー作Iapetus(Mainstream輸入盤)を入手した。ルイス・ガスカ(トランペット)との二管編成で、リズム・セクションがトッド・コクラン(ピアノ)、ジェイムズ・リアリ―(ベース)、ウッディー・サンシップ・セウス(ドラムス)というもので、六十年代後半のマイルス・バンドを彷彿とさせる自由でスリルに満ちた演奏に魅了された。そのあとウッディー・ショーのソング・オブ・ソングス、チャールズ・ロイドのウエイブズ、マッコイ・タイナーのグリーティングとサンシップの名前を見つけるたびに購入した。急速調の曲では、トニーやデジョネットのように、ファンクな曲ではひたすらエキサイティングな16ビートを繰り出す,ものすごいドラマ―だと思った。。未聴だがジェイムズ・ニュートンやワダダ・レオ・スミスのようなフリーのミュージシャンとの録音も残しているのでアカデミックな修練も積んだ音楽家だったのだと思います。小生も数年前、インターネットで彼がなくなったのを知りさびしい思いをしました。冥福を祈ります。

久田さま
コメントをくださり、ありがとうございました。
サンシップを好きな方からコメントをいただき、とても嬉しく思います。

ハドリー・キャリマンという方のアルバムに参加しているということは、まったく知りませんでした。
随分前から注目されていたのですね。

16ビートも4ビートもほんとにかっこよかったですよね。
自由奔放、シャープでスリリング、スピード感、疾走感がたまりません。
チャイナシンバルがまたいい!
東風での来日時は、すごくかっこいいと仲間内で話題になりました。

私も昔、彼が参加しているアルバムを探しました。
R&B系の音楽で叩いていると知人から情報を得たりして。。
でも、なかなか見つかりませんでした。

ジェームス・ニュートンと共演している動画を大分前にネットで見ました。
今、ちょっと見つからなくなってしまったのですが・・・。
あ、ありました↓
http://youtu.be/eHVGcKhh5n8


ホレス・タプスコットで検索していたら、次の動画を発見しました。
二人ドラマーがいますが、その内の一人は、おそらくサンシップと思います。

↓5:30 8:30辺りに出てきます。
UGMAA in Germany with Horace Tapscott Part 1
http://youtu.be/NSW6vERcxV8

↓4:44 5:20 に一瞬
UGMAA in Germany with Horace Tapscott Part 2
http://youtu.be/6HpBXOTsuZ4

↓これももしかしたら・・・ドラマーの顔が出てきませんが。。
Horace Tapscott honors the poets Ojenke,Kamau Daaood and Eric・・・
http://www.youtube.com/watch?v=TNAuXOxqcrY&feature=share&list=PL5C7FFAA7D4C4B224

アフリカンなフリー系などでもけっこう活動していたようですね。
パーカッションの演奏も素晴らしい方だったと思います。
ドラムセットに様々な打楽器を加えていたりしましたね。
ほんとに素晴らしいドラマーでした♪


Hadley Calimanは当時アフロ・ヘアでしたが、顔立ちから察するに間違いなく東洋系あるいは、エスキモーの人ではないかと思います。サンタナのレコーディングにも参加したこともある西海岸のジャズマンで、80歳前後の現在も、新作を発表しています、ジョーヘンダ―ソン系といったらいいでしょうか、動画で1979年フレディー・ハバードのRed Clayのライブでその姿を見られます。当時ジャズおたくだった小生は、Down Beat 誌を毎号、購読しており、広告を見てIapetusを名古屋の輸入盤取扱店で注文したのですが、1972年の録音です。その後トッド・コクランにもひかれ、リーダー作 World around the Sun(prestige)を入手しました。ハドリー・キャリマンのモーダルなフルート演奏の聴かれるポップながらも黒人意識の強く出た好盤でした。ドラマ―はマイケル・カービンでした。.余談ですがDown Beat誌でラリー・ヤングがなくなった後の追悼コンサートに、ジョン・マクラフリンとサンシップが参加した記事と写真を見た記憶がありますので、そこに二人の接点があったのではないでしょうか。サンシップの参加した「東風」がコンサートした当時は、小生、千駄ヶ谷に住んでおりましたのでライブに接することができたはずですが、なぜ聴きに行かなかったのかと今になって悔やまれます(知らなかった?)。サンシップという人は運がなかった。「東風」の来日メンバ― による録音が残されなかったのもそうですし、同時期に、西海岸で、注目されていた若手ドラマ―にLeon Ndug Chanclerがいました、Mtumeの紹介でマイルス・バンドに参加します。上手いのですがフュージョン系の人でサンシップほど音楽的に深みがなく、マイルスが彼に物足りなさを感じたのはわかる気がします。逆にマイルスが、サンシップを聴いていたら絶対に気に入っていたと思うのですが……。ともあれ同世代の偉大なアーティストがこの世を去る、大げさでなく喪失感を身をもって味わうのですね。

久田さま
貴重な情報をありがとうございます。

Hadley Caliman、恥ずかしいですが知りませんでした。
たしかに東洋系の顔立ちに見えますね。

Youtubeで、教えていただいたアルバムの次の曲を聴くことができました。
Hadley Caliman - Dee's Glee
Hadley Caliman - watercress
Hadley Caliman - Quadrivium
Hadley Caliman - Green Eyes
Album:"iapetus" 1972 , Mainstream Records
サンシップの個性的で才知溢れる演奏を聴き、改めて彼のことを再認識しました。
ジョーヘンも私は好きです。楽しませていただきました。

しかし、Down Beat誌を拝読なされていたとは!
私は表紙を見たこともありませんです。。
大変深い知識をお持ちなので、感嘆しております。

マイケル・カービン・・・懐かしい感じがします。
ラリー・ヤング、これもまた。ライフタイム、好きですし。
マグラグリンとはそんな経緯があったのですね。納得です。
その頃のミュージシャンの関係はかなり入り乱れているというか、あちこちで様々な接点があるようですね。
ひょっとすると、トニー・ウィリアムスとの接点もあったかもしれません。

サンシップは、本当にそうそうたる多くのミュージシャンと演奏したようですね。
その割りにたしかに音源は少ないように思います。

東風でのサンシップ参加の音源が作られなかったのも残念です。
やや臨時的な編成という側面もあったのかもしれません。
当時のチケットにはメンバーも記載されていませんし。
継続するのは難しかったのかもしれませんね。
当時、東風のスタジオ録音(ややリハーサル的なものだったかもしれません。)がFM東京でオンエアされたことは覚えています。

Leon Ndug Chanclerはフューズ・ワンだったか、来日演奏を見たように思います。仰るとおりで、サンシップとはタイプが違いますね。
サンシップは、たしかにマイルスバンドに入ってもおかしくなかったですね。
ウェザーリポートへの参加がなかったのも残念です。

偉大なアーティストが次々にこの世を去るのは悲しいことですが、そんな彼らへの想いは失われずに残り続けますよね。
大変貴重なお話をくださり、ありがとうございました。

うっかりしておりました。テナーサクソフォン及びフルート奏者、Hadley Calimanは2010年9月、肝臓がんにより、享年78歳にしてこの世を去っております。謹んで冥福を祈ります。

久田さま
そうでしたか。。それはとても残念です。
謹んでお悔やみ申し上げます。
若い頃、心を躍らせた方々が次々にこの世を去っていくのはほんとに悲しいことですね。

色々と貴重な情報をありがとうございます。
ブログタイトルとは裏腹にジャズについて触れる記事は多くありませんが、いつでもお気軽にお立ち寄りくださいまし。

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